皆さんは「フライデー襲撃事件」を知っていますか?
お若い方はご存知ないかもしれませんが、今から約30年前、北野武(ビートたけし)と彼の弟子たちである「たけし軍団」が写真週刊誌「フライデー」(講談社)の編集部を襲撃した事件のことです。
そこで、ご存じない方にも理解していただくために、この事件がどうして起きたのか?そこにたけし軍団がどう関与したのか?などについての概要をお伝えしたいと思います。
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事件の概要
1986年の12月8日、渋谷区の路上で、当時のビートたけし(39歳)の交際相手であった専門学校生の21歳の女性に対して、「フライデー」の契約記者が、たけしとの関係を強引に聞き出そうとして、避けて立ち去ろうとする女性の手をつかんで、引っ張るなどの行為に及び、頸部捻挫、腰部稔傷で全治2週間のけがを負わせた。
これに怒ったたけしは、1986年12月9日の午前3時すぎに、弟子集団であるたけし軍団11名と共謀して、文京区音羽にある講談社のフライデー編集部に押しかけ、結果として暴行事件へと発展した。
たけしは、軍団に対して「手は出すな」と言っておいたが、当時の編集部次長が「自分は空手が得意である」旨の発言や、編集部員の挑発的な言動がもとで暴行に至ったようである。
報道によると、たけしが「担当者を出せ」と迫った後、どちらからともなく一斉にもみ合いになり、結果として同紙の編集長と編集部員らに対して、1か月から1週間の障害を負わせてしまった。
その結果、たけしらは住居侵入、器物破壊、暴行の容疑で、大塚警察署によって現行犯逮捕されたのである。
この事件後、たけしらは逃亡の恐れがないとして釈放されるのだが、マスコミやメディアが彼らを強く批判することになり、当時の所属事務所の太田プロダクションは、彼らについて半年間の芸能活動の自粛を発表し、12月22日に記者会見を開いたのを最後に、メディアに登場することは無くなった。
そして、1987年6月10日、東京地方裁判所は傷害罪でたけしに対して懲役6か月(執行猶予2年)の判決を下し、たけしも控訴しなかったので刑が確定した。
なお、たけし軍団メンバーは、1987年3月2日に起訴猶予処分となっている。
その後、たけしらは芸能活動を再開したが、しばらくは事件の影響が尾を引いた。
なお、この件に関して判決を下した裁判官は、たけしらの行為を厳しく断罪するとともに、フライデー側の過剰な取材についても苦言を呈したコメントを述べている。
事件の背景
そもそもこの事件は、「専門学校生取材事件」以外にも、当時のたけしの家族に対しフライデー側が執拗な取材を繰り返していたことも一因となっている。
たけしの証言によると、たけしの奥さんが子供を私立学校の面接に行くところを写真に撮られ、学校から「子供の写真が週刊誌に掲載されるようでは入学を許可できない」と言われたそうで、それまでのいろんな欝憤がたまっていたと語っている。
又、専門学校生にけがを負わせた契約記者は、雑誌「GORO」でたけしの記事を何度か扱っていたことを買われてフライデーにスカウトされた記者とのことで、この記者の移籍はたけし側には知らされず、従来通り「GORO」の記者としてたけしを取材していたらしい。
そして、このことをフライデー側が隠そうとしたことが事件の引き金になったと後に明らかになっている。
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事件に関与したたけし軍団
ここでいう軍団とは、戦国時代に例えると、殿様が「北野武(ビートたけし)」であり、その殿様(武将)を慕い士官したのがこのメンバーといえるでしょう。
メンバーは以下の11名
1 そのまんま東(東国原英夫)ビートたけしの最初の弟子である。
2 ガダルカナル・タカ
3 大森うたえもん
4 グレート義太夫
5 ダンカン
6 松尾伴内
7 柳ユーレイ(柳憂怜)
8 大阪百万円
9 キドカラー大道
10 サード長嶋
11 19歳の少年(水島新太郎)当時未成年のため実名は報道されていない
この時のエピソードとしては、取り調べ中に、取調官から「何か食べたいものはあるか?」と言われたたけしと軍団メンバーは、とっさに刑事ドラマのシーンを思い出して「こんな時はカツ丼でしょう!」と答えたが、食後にはちゃんとカツ丼代は請求されたと述べている。
まとめ
この事件については、私も当時のことをよく覚えています。
ビートたけしは、当時は人気絶頂期にあり、お笑い界をリードしていましたね。
暴力はよくないですが、強引な取材にも問題があり、世論の意見も同情論や批判論と百出していました。
芸能人と週刊誌の関係は今の時代でもさほど変わらないような気がします。
スクープ・特ダネは週刊誌の命であり、売れ行きに最も影響しますから、多少強引な取材になりがちですが、やはり良識のある範囲での取材をしてもらいたいものですね。
又、取材される芸能人についても、事と次第によっては自分を売りこむためには週刊誌なども重要な媒体になります。
お互いがウィンウィンの関係になればベストなのですが、なかなか悩ましいところではありますね。
何れにせよ、この事件は当時の世の人々に一石を投じたという点では印象深い出来事でした。
「ビートたけし」というより「北野武」さんは、マルチな才能の持ち主であり、芸能界には欠かせない人物であり、その活躍ぶりは称賛に値します。
おそらくそんな北野武の魅力に惹かれメンバーは軍団入りをしたのだと思います。
又、軍団のメンバーの中には今でも活躍中の方々がたくさんおられますよね。
血気盛んだった当時の若者が、中高年になっても未だ芸能界などで活躍している姿を見ると、彼らと同じ時代を歩んできた私たち視聴者にとっても、何かにつけ生きる希望や人生の楽しさを与えてもらっているような気がします。
彼らにはこれからも頑張ってもらい、いつまでも視聴者を楽しませてくれる存在でいてほしいと思います。
以上最後までお読みいただきありがとうございました。
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