毬谷友子の経歴と芸名の由来は?結婚や家族と現在の活動も紹介!

皆さんは元宝塚歌劇団雪組の娘役スターで、女優の「毬谷友子(まりやともこ)」さんをご存知でしょうか?

現在はフリーで、女優業の他に文筆家や武蔵野美術大学講師として活躍しているマルチな才能の持ち主です。

そんな毬谷友子さんの宝塚時代の輝かしい経歴から現在の変わった私生活までをご紹介したいと思います。


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毬谷友子プロフィール
1毬谷友子

:生年月日  1960年3月25日(2016年5月現在56歳)

:出身地   東京都港区

:身長    160cm

:血液型   A型

:職業    女優

:ジャンル  舞台・テレビドラマ・映画

:所属劇団  宝塚歌劇団(在籍1980年~1985年)

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毬谷友子略歴

毬谷友子さんは、港区生まれ表参道育ちです。

父親は劇作家の矢代静一で、母親は「青い山脈」、「女の園」などで知られる女優の山本和子の間に次女として生まれました。

実は長女の矢代朝子も女優であり、従妹にえまおゆう(73期、元雪組トップスターの絵麻緒ゆう)という芸能一家です。

彼女は、幼稚園から高等学校までを四谷雙葉学園で学び、1980年宝塚音楽学校を主席で卒業しています。

卒業試験の歌の部門では創立以来最高の99点を獲得したそうです。

そして宝塚歌劇団へは66期生として入団するのですが、入団時の成績は50人中12位であり、同期には安寿ミラ、こだま愛、洲悠花などがいます。

1980年7月10日に雪組に配属され、同年連続テレビ小説「虹を織る」のヒロインの「仲良し5人組」の一人・ゆき役に選ばれ出演、1983年「ブルージャスミン」の新人公演で初ヒロインに抜擢されています。

そして1985年4月30日、「花夢幻/はばたけ黄金の翼よ」の東京公演千秋楽を最後に宝塚歌劇団を退団しています。

退団後は舞台を中心に活躍するほか、映画「夢二」などに出演したり、父親である「矢代静一」が脚本を書いた一人芝居「弥々」を演じており、この作品は初演から現在まで「ライフワーク」として演じられていて矢代・毬谷それぞれの代表作となっています。

1989年には、ミュージカル「Sessue雪洲」のつる役や「真夏の夜の夢」のハーミア役での演技により、第39回芸術選奨文部大臣新人賞大衆部門を受賞しています。

1992年には、夢の遊眠社「贋作 桜の森の満開の下」(夜長姫役)及び「弥々」(弥々役)での演技により第27回紀伊国屋演劇賞個人賞を受賞しています。

2002年には、「弥々」(弥々役)での演技により第57回文化庁芸術祭優秀賞(演劇部門)を受賞しています。

そして、2016年3月7日からはフリーの女優として活動するようになりました。


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芸名の由来について

彼女の芸名の由来についてですが、ご存知のように宝塚歌劇団に入団する際は「必ず芸名を付けなければならない」ということで、本当は本名で活動したかったそうですが、仕方なくカトリック信者である彼女の洗礼名「マリア」に因んで名字を「毬谷」にしたそうです。
毬谷友子2

結婚や家族と現在の活動について

毬谷さんは宝塚歌劇団には5年間所属していたのですが、この所属期間については長いのか短いのか評価はいろいろあるのでしょうが、内容的には素晴らしい経歴の持ち主だと思います。

1985年退団ということは25歳での退団ですので、その後結婚の機会はあったと思いますが、未だ独身を通していますね。

ご両親の血統からしても、未だ独身というのは不思議なくらいです。

入団4年目当時は、あの有名な大地真央、黒木瞳、真矢みきさんたちを差し置いて、彼女らをバックに毬谷さんがセンターで、「すみれの花咲く頃」を歌っているのです。

私生活では現在、犬1匹と猫4匹と暮らしているそうですが、買い物などもネットショッピングで済ましていて、いわばプチ引きこもり状態の生活とのことです。

又、彼女は女優であるのに、髪の毛も美容院には行かず自分で切っているらしいです。

しかも、使っている道具は「犬用のノミ取りクシ」とのことです。

エピソードもいろいろあるようで、タモリの「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングに出たとき(2009年3月4日)は、歌の稽古中ということもあったのですが、4オクターブの声を出せるらしいのですが、話の流れの中で「キチガイです。」という言葉を言ったところこれがフジテレビの放送禁止用語に該当するということで、本人ではなく局アナが謝罪したことに対し、視聴者から抗議の意見が多数寄せられたことがありました。

私の意見を言わせてもらえば、この「キチガイ」という言葉はれっきとして存在している言葉であり、いわゆる「精神障害者」に対し直接発したものではなく、自分のこととして話したものであり、何ら避難される事ではないと思うのですが、皆さんはどう思われますでしょうか。

又、彼女は35歳の頃犬を飼っていたのですが、どうしても仕事で家を離れなければならないことが多くなり、そのため、友人の紹介で家政婦を雇ったそうです。

その内,家政婦とも親しくなり相談相手になってもらっている間に母親のような存在に思えてしまい、いつの間にか生活まで共にするようになった頃から洗脳されてしまったようです。

そんな中で、この家政婦に高価な金品を盗まれたことが判明したため解雇するのですが、洗脳された期間はおよそ3年間だったと後述しています。

他にもいろいろと闇の部分を抱えているらしいですが、詳しいことは分かっていません。

このように人生の光と影を体験している毬谷さんですが、今現在の満足度を尋ねられると、「100点満点!」と答えています。

そう言える訳は、宝塚時代から決めた彼女なりの「マイルール」があるらしいのですが、さて何なんでしょうか?

彼女の「マイルール」とは、「人生の中で物事を決断する際は、決して他人に相談しないこと」だそうです。

他人に相談して決めたことが仮に間違いや失敗だった場合は、その原因を相談した相手のせいにしてしまうからだそうです。

彼女は宝塚音楽学校入学を決めた時から現在まで、そうやってきているそうですが、後悔したことは一度も無いそうです。

とかく今の世の中の人々は、「景気が悪いのは政治のせいだ」とか「こうなったのは○○のせいだ」など責任を転嫁する傾向が目につきますよね。

毬谷さんのように全て人任せにするのではなく、自己判断、自己責任で行動できる人間になりたいものですね。

それではこの辺で。

最後までお読みいただき有難うございました。


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